20260705
chloma 2026-2027[PROXY]SHOWROOM に行ってきた。
服は身体性を揺らすためにあると思っているけれど、最初にshelter coatを着たときに感じたのは、身体性が溶かされるのと同時に、まったく別のところでアイデンティティを獲得する、というような二つの文脈に引き裂かれる感覚で、それが心地よかった。「揺らす」と言うときにあるような身体性の移行ではなく、「溶ける」ことと「輪郭を得る」こととが、まったく同時に起きるのが不思議だった。
VRCでChlomaを着ているときも、「揺らす」感覚に近かったから、リアル独特の感覚なのかもしれない。あるいはリアルの方が情報量が多くてわかりやすかっただけ?
服について考えるとき、サイバーパンクについて考えることがよくある。多くのサイバーパンク作品は、SFとして未来を描くことを目指して、キャラクターの身体を物理的に拡張するところが面白い。腕をハサミにしたり、目を機械的なカメラにしたりする。
僕は今まで、服を着ることについて、こうした身体に対するサイバーパンク的な拡張の一部だと思っていたけれど、それがまったく違っていると気づいた。当然だけど、服は身体ではない。まったく別のものであり、それを身にまとっているだけだ。だから、服による身体の拡張は身体と服との隙間で引き起こされる現象であって、物理的な拡張とは少し毛色が違っている。
今回、試着しているときに、リアルの身体と服との間に、ある抽象的な感覚、バーチャルな感覚、がスルスルっと滑り込んできて、「これがリアルのChlomaか、、!」と思った。