「よほう」について
cymvidia 「よほう」がリリースされました。
これも「てらす」から始まる風車シリーズの曲です。
僕は全く関わってないですが、いい曲です。聴いてもらえたら嬉しいです。
cymvidia 「よほう」がリリースされました。
これも「てらす」から始まる風車シリーズの曲です。
僕は全く関わってないですが、いい曲です。聴いてもらえたら嬉しいです。
種を存続させるために人は性愛をするとか、あなたが生まれてきたのは確率的に稀なことだからあなたの生は素晴らしい、というような言説を聞くたびに、そのあまりにも簡潔に全てを包摂できる気持ちよさを感じるのと同時に、語られていることのスケールの違いにびっくりする。人が性愛をするのは種のためではないし、生まれてきたことが素晴らしいのは確率が低いからでもない。人間という枠組みそのものまで敷衍して語られる動機は、いつもどこか空疎な感じがしてやるせない。
例えば、蝉が鳴くのは求愛のためだ、というのも僕にとってはよくわからず、人間が勝手にそう解釈しているだけだと思う。人間は蝉のことをほとんど理解できない。もしかしたら蝉の環世界からするとある美学とか、死への恐怖とか、そういうものに駆動されて、鳴いているのかもしれない。蝉が鳴くのが求愛なのだとしたら、人間がインターネットでつぶやくのも、宇宙人からしてみれば求愛みたいなものだと思う。
もちろん、あなたがインターネットでつぶやくのは求愛行為なんかではなく、あなたなりの表現であると僕は言いたいのだけど、そういった微細な事柄を一気に捨象して、人間一般に敷衍して語ることの気持ちよさと暴力性についてなんとなくぐるぐるしていた。
「他愛 vol.0」という散文集の中に「ワニ、半身、寝室。」という文章を載せてもらいました。
これは「山本ウタ」という詩人さんが作っている散文集です。毎回テーマが設定されるらしく、今回のテーマは「隙間」でした。いろんな人がいろんな角度から、直接的に、あるいは間接的に隙間について語っています。手元に届いた他愛を読んでいたら霧の中を歩いているような感覚につつまれて心地よかったです。
「ワニ、半身、寝室。」は短編小説です。依頼が来たとき、「文量はおまかせで、1000字でも10000字でもいいです」とのことだったので、張り切って8000字を書いて送ったら、散文集の中で僕のテキストだけ飛び抜けて多い文量になっていました。フォントサイズがやや小さく、レイアウトも二段組になっていて特別感があって嬉しかったです。
まだ僕がほんとうに幼かった頃、家の寝室にあるクローゼットと、押し入れの間に奇妙な隙間がありました。僕はその寝室で、母親と父親と(ある時期からは妹と)眠っていました。夜になって明かりを消され、目を閉じます。でも、ずっとその隙間のことが気になって眠れず、気づけば目を開いてしまいます。その隙間はいつも暗く、どこかしっとりとした沼のような暗闇に満たされていました。僕はそこに、ワニが住んでいると思っていました。大きな、黒い鱗につつまれたワニです。とても怖かったです。でも、どうしてワニが住んでいると思ったのかはわかりません。
「隙間」というテーマをもらったとき、頭の中で真っ先にあの隙間が思い浮かびました。そのため、「ワニ、半身、寝室。」は、ワニと寝室についてエッセイを書こうと思ったところから始まりました。どのように書けばあの感覚を伝えられるだろうかと考え、構成を考えた結果、気づけば小説になっていました。そのため、このお話のほとんどはフィクションです。
しかし、当然のことですが、寝室の隙間にも実際にワニが住んでいたわけではありません。それは僕が作り出していた妄想であり、つまるところフィクションです。それなら、仮に「ワニ、半身、寝室。」をエッセイとして書いたとしても、ある意味においてフィクションであることからは逃れられなかったのだと思います。
人は知らず知らずのうちに、何かしらのフィクションを信じてしまうものです。そしてそれは、しばしば現実と区別をすることができなかったりします。
もちろん、フィクションには、人をにっこりと笑わせる良いフィクションもあれば、どんよりと俯いた気持ちにさせる悪いフィクションもあるでしょう。良いフィクションを信じることができるのはとても幸せなことです。しかし、僕がよく考えるのは、悪いフィクションについてです。
この間、山手線の東京駅と神田駅の間の区間で電車が止まりました。その停車位置は通電がないところだったらしく、車内の明かりは消え、エアコンも停止しました。僕は閉所恐怖症なので、その状況の中で呼吸が乱れ、この電車の中から逃れられないこと、この身体から逃れられないことを強く意識して、叫び出したくなりましたが、必死にこらえ、椅子に座りながら、すがりつくような気持ちでリュックを両腕で抱えていました。
そのエピソードを人に話したとき、その人はこう言いました。
「でも、あなたがどこかに閉じ込められたあと、実際に出られなかったことはないでしょう。電車もいつか必ず動き出します。だから怖がる必要はないのです。あなたの感じている恐怖はあなたが作り出しただけの恐怖なのです」
その通りだと思います。閉所恐怖もまたフィクションのようなもので、僕が勝手に作り出したものです。わかっています。電車の中で僕はそうやって自分を慰めてもいました。それでも、閉じ込められていることは、僕にとっては怖かったのです。この怖かったという事実を僕は手放すことができないでしょう。
僕だけではなく、多くの人がそうだと思います。ある恐怖や、ある考え方、あるいは身体の中に囚われていて、それを克服するためには、何らかの形でフィクションを手放す必要がある。しかし、手放した先にある現実と思われるものも、結局は良いフィクションでしかなく、僕には、その人が感じている恐怖を「フィクションに過ぎない」と片付けられるとは、どうしても思えません。だからこそ、そのフィクションもまた、ひとつの現実だと認めるところから僕は始めたいと思っています。
とはいえ、僕も今まで、多くのフィクションを手放してきました。子どもの頃より、いろんなことが大丈夫になりました。そうして、現実とされるフィクションや、フィクションとされるフィクションの間をゆらゆらと漂いながら僕たちは、スルスルと暗い隙間の中に吸い込まれていきます。「ワニ、半身、寝室。」は、そのような隙間について書きました。
これを書いた時点で「他愛 vol.0」はSOLD OUTになっていたので、仮に読もうと思っても読めない人が多いと思い、ちょっと多めに書いてしまいました。ここまで読んでくれてありがとうございます。
「あさ」のMVが公開されました。
僕は歌詞を担当しました。
全文載せておきます。
「あさ」
幸せな僕が 許せないあなた
紙飛行機が墜落した夜に
浜辺で踊る 満月に
花火のあかり 吹きかける
「唇が傷口みたい」 なんて言うから
透明な言葉で少し 蓋をした
触れていた窓に映った
臍の緒を 辿ってく間
欠伸を溢すの
閉ざされた部屋に くるまった僕は
愛される痛みを隠した 夜に
消えてく痣の優しさが
あなたのことを忘れない
朝
「唇が傷口みたい」 なんて言うから
透明な言葉で少し 蓋をした
触れていた窓に映った
臍の緒を 辿ってく間
欠伸を溢すの
人と会話をする中で一番痛々しく見えるのは、目つきでも、身振りでもなく、口元だったので、唇は傷口みたいだと思いました。生まれたときから持っている唇が傷口だなんて、とても残酷なことだなあ、と思いました。
最近聴いている曲。
傾向がかなり偏っている。
無料です。アプリを作りました。
不眠症とADHDで、夜になると思考が止まらなくなる。
既存のアンビエントアプリを色々試したけど、どれも数分でループに気づいて余計に眠れなくなった。だから作りました。
ループも録音も使わないリアルタイム音響合成のアンビエントアプリ。
https://apps.apple.com/jp/app/atmós/ip/atm%C3%B3s/id6761055879
https://x.com/sunnova_downy/status/2043658822817108199?s=20
設定した位置情報の天候に連動してアンビエント音楽を生成して流してくれるアプリ。
上のポストを X で見かけて、添付された動画を見たら、脳にある皺のひとつひとつに、ゆっくりと冷たい水を注ぎ込まれるような気持ちよさがあり、これだよこれ、と思った。
使ってみると、デザインがよかったのと、天気に連動するという着想が面白く、これで眠ってみることにした。でも、眠れなかった。
ADHDの脳は「パターンの検出」が異常に早い。
だからループ素材の環境音だと、繰り返し地点が気になって逆に覚醒してしまう。
と、ツリーの中には書いてあり、ATMOSは絶対に同じ音がループしない作りになっているらしい。僕はADHDではないからか、ずっと新しい展開がされていくのがむしろ気になってしまった。個人的には、ループしていてくれた方が嬉しいみたい。ずっと異なる音でも audible なら眠れるのだけど、何が違うのだろう。とにかく、僕は睡眠用途には使えなかった。
追記:翌日試してみたらよく眠れました。スピーカーで少し遠くから鳴らすと、風が吹いているみたいで気持ちよかったです。
その代わり、昼間にがんがん流した。ヘッドホンをつけながら仕事中や、お昼にずっと聞いていた。天候と連動しているのもあって、耳元から風が吹いて肌を撫でられるような感覚に襲われ、擬似的な自然、と思った。自然を感じるのに自然ではない。それは、アルゴリズムによってエンコードされた自然の形で、Windowsの壁紙の草原を眺めることに似ていた。僕が実際の野原にいることと、アンビエントの音を聞き、Windows壁紙を眺めていることの間には一体どんな差があるのだろう。
というか、そもそも、なんで作業中や睡眠中に音を欲しているのだろう。ヘッドホンを外せば、冷蔵庫が筆の進まない小説家みたいに小さくうなっているし、夕方ごろになるとランドセルを背負った子どもが無邪気に掛けていく足音が鳴っていて、それは僕が普段、部屋で寝転がっていても、椅子に座っていても耳に入ってきているはずだ。それなのに、それとは別の抽象化された音楽を聞くこと、しかもそれが意識的に聞かれるためではなく、無意識的に聞き流されるためというのはなんなのだろう。
僕は今日一日ATMOSで音を流していたけれど、そのとき流れていた音がどんなふうだったのかをほとんど覚えていない。キャンプに行ったときに触れた川の水の冷たさを今では思い出せないようなことだと思う。
無意識、という言葉を使うときはいつも、自分ではないもう一人の誰かがここにいるような感覚になる。そいつは昼間に流していたアンビエント音楽を聞いていただろうし、なんらかの反応を取ろうとしていただろう。体をゆっくり横に揺らそうとしたかもしれないし、踊ろうとしていたかもしれない。でも、そいつは全身が真っ黒で表情がなく、口を開くこともできないし、笑うことも、泣くこともできない。関節を曲げることもできない。だから、じっとしている。脳と頭蓋骨の隙間あたりで静かに息をする。とても寂しそうで、かわいそう。でも、そいつが寂しく、かわいそうであることによって僕がアンビエントを聞いていることにもなんらかの意味があるような気がするのだが、これは全部妄想。
ATMOS、おすすめです。
ここのところ、午前4時、5時頃に眠る日が続いているのだけど、昨晩はより一層眠ることができなくて、気づいたら6時になっていた。目を開けると外が明るくなり始めていて、遠くでカラスが鳴いていた。
眠るときは、今日こそは早くに眠ろう、と決意していたのだが、床についた途端、胃を横隔膜に押し付けられるような鈍い痛みに襲われて、意識が落とせなかった。みぞおちの辺りに文鎮が入ってるような感覚で、ずっと圧迫される。身体構造をわかってないので、胃と書いたけど、大腸かもしれない。でも、どちらだったとしても、そのときの僕には大した差がなく、ぼんやりとした肉体の檻だった。
寝返りをうち、何度かトイレに立ち、朝になると自動点灯する部屋の明かりがついたので消し、それでも痛んだ。なにか悪いものでも食べたかなと思い返してみたけど思い当たる節がない。昨晩食べたのは豚肉とピーマンの炒めものだったし、お昼もごはんとサラダチキンだけだ。賞味期限も切れてなかった。
仕方ないので、枕元に置いていた iPad mini を立ち上げて、audibleを起動し、言葉を延々聞くことで眠ることにした。僕が眠れないときによく使う手だった。高校や大学の授業中に眠くなるのと同じ原理で、オーディオブックはよく眠れる。脳をくすぐる程度の負荷をかけるのが大事なのかもしれない。
ナレーターを務める俳優さんの滑らかな声が、とぎれとぎれに耳に流れ込んでくる。パート7から再生したので物語は途中からだった。10代の頃の恋を引きずった主人公が20代後半になり、旅先で出会った女性と結婚するシーンから始まった。結婚した女性の父親は社長をしていてお金を持っていたから、主人公は仕事を辞め、その人から青山のビルを借りてジャズバーを開店する。ジャズバーが成功してお金を得て、BMWに乗ったりして暮らす。あまりにもトントン拍子で話は進む。主人公は学生運動をしていた世代の自分がこんなことでいいのか、と憂鬱になっていたけれど、なんて贅沢な悩みだろう。ものすごく恵まれているじゃないか、僕はお腹が痛いのに。そう思ってお腹に意識を向けたら、中にあった文鎮はビー玉くらい小さくなっていた。そのまま眠った。
午後。散髪してから、ドトールで作業を進めていたら、メールが届いていた。この間、同人の散文集に掲載される原稿を送ったのだが、それを読みました、という内容だった。相手の人柄を知っているから絶対に否定されることはないと知っているが、それでもいざ人から直接評価される段になると身構えてしまう。僕はそれなりにいいものを書いたつもりでいるけれど、他の人からみたときに必ずしもそうとは限らない。昔、中学校内の合唱コンクールの練習で、音程が合っているつもりで歌っていたのに「お前みたいに下手なやつ初めて見た」と言われたことがあり、そういう予期しないところで刺されるのが一番怖い。
メールの本文を読んだら、心配事は杞憂に終わり、とにかく褒めてくれていた。「きみはすごいな」と書いてくれていて、すごいものだったみたい。これから編集作業に入って、いつになるかはわからないが、いつか発売されることになると思う。たのしみ。
ビルが建つ
事務所が足りない、という
卑近な目的にかりたてられて
東京中にたくさんのビルが建つ。
そのかしましい響きの中で
今日
「また一人工事現場で死んだよ」
と、さりげない人々の物語り、
あの危険な生活の場から
木の葉よりも軽く
撃たれた小鳥よりも重く
どさり、と落ちて死んでしまった。
「それはね、一つのビルが建つには
たいていあることなんだ」
誰もが日常茶飯の中でそう言い捨てる
この近世の非情に対して
私たちは無力に相づちをうつのであろうか。
その眼の中に太陽を宿し
その胸に海をいだき
こころのぬくみで
花や樹を育てることのできる
この不可思議な生命、
どんな目的のためにも
むざむざと失ってはならないものが
たやすく否定されたりする。
たとえばひとつの建設
あるいは大きな事業のためには
〝やむを得ない〟などと、
だから 平和のためのいくさ
などともいえるのだろうか。
石垣りん『石垣りん詩集』(伊藤比呂美 編、岩波文庫)pp. 30-32、「今日もひとりの」より抜粋
石垣りんの詩を読んでいるけれど、日常の中に留まりながらその日常の内臓を抉り出そうとするような視点の持ち方はものすごく共感する。日常は綺麗なものとして消化されがちだけれど、ほんとうはドロドロとした汚い側面も多量にあり、そういうところはスルッと通り過ぎてしまう。
「平和のためのいくさ などともいえるのだろうか」とあるように、戦争を強く連想させるのは、1951年ごろに書かれた詩だからだと思う。人の命を奪うことのモチーフと戦争とが、あまりにも自然に連結されている。
僕にとっての東日本大震災やコロナ禍が似た体験のような気もするし、全く逆の体験であるような気もする。校門に、「放射線量が少しだけ上がっているよ」と言っている無機質な放射線量計がいつの間にか設置されていて、その横を何くわぬ顔で通過していた自分の生活のなんとも言えなさのことをよく思い出す。
「てらす」が公開されました。
この曲に僕は全く関わってないですが、これを皮切りに「風車」が始まります。
僕は「風車」自体には関わっていて、その中でいろんなことを考えて、いろんなことを書きました。順次発表されていくと思います。
「てらす」はとてもいい曲なので、ぜひ聴いてください。
あと、てらすの動画の概要欄には小説が書いてあります。これも僕が書いたものではないですが、いいお話なので読んでみてください。長いので、ゆっくり休日にコーヒーでも飲みながら読むのがいいと思います。
つくっていたホームページの表示を新しくした。具体的には、masonry と呼ばれる表示形式で記事一覧を表示するようにした。masonry は一般的には、画像一覧を表示する際に使用される表示で Pinterest などで採用されている。列は綺麗に揃えるが、行を揃えない表示。文字ベースのサイトで使われないのは、並び順をうまく制御しきれないからだと思う。ふつう、ブログだったら最新記事から投稿順に並べたいのに、それができない。
でも今回、並び順はどうでもよくて、それよりも文字サイズによってパネルの大きさを変えることができるのがいいと思って採用した。普通のグリッドやリスト表示だと、パネルサイズは記事ごとに変えにくいから。masonryによって、文字数の多いパネルは大きく表示され、少ないパネルは小さく表示することが自然にでき、一覧画面から一目で記事の重要度が判定できる。とてもいいデザインだと思う。
どうでもいい内容のものと、きっちりした内容の文章が入り混じるブログをどう実現するかについてずっと考えてきたのだが、ひとまずmasonry表示を採用することによって、人前に出せる状態にはできた。
「末余り」の歌詞を書いていた時に、わけもわからないまま曲のイメージを膨らませるために書いた小説みたいなもの。結局、歌詞にはなにも関係しなかったので載せておきます。
子どものころ、わたしとあなたは並んで通学路を歩いていた。クレヨンみたいな赤色の太陽が山並みに触れて、わたしたちの足から二つの黒い影が伸び、ブロック塀で「く」の字に折れ曲がった。
あなたはランドセルからおもむろに「なつのともだち」という冊子を取り出す。その日は、ちょうど一学期の終業式で、夏休みの宿題として渡されたものだった。
「ねー」
と、あなたはわたしに呼びかける。
「せんせいは、事故にきをつけましょうって、ちゃんと勉強するようにって言うけど、そんなのいみわかんないよね」
「どうして?」
「だって、わたしたち、将来のために生きてるわけじゃないでしょ? 将来、将来って、せんせいはそればっかり言う。でも、将来っていつなんだろう。将来のために、今をがまんしましょう、でも、いつからが将来なんだろうね?」
わたしはそうだね、と首を縦に振った。なにを言っているのか、子どものわたしには難しかった。「将来」という言葉の意味をわたしはまったくわかってなかった。でも、あなたが綺麗で、あなたのことが好きだったから、わたしは頷いた。
あなたは「なつのともだち」を小さくちぎって道路に捨てていった。ちぎられた紙きれは、白いウサギになって路地の裏に跳ねていった。
「まほうだ!」
「そう、わたしはまほうを使えるの。天使だから」
あなたは昔、天使だった。確かに、あなたは天使だった。
あなたはふわふわと歩きながら、続ける。
「ねえ、わたしたちは今のために生きようよ。将来なんてどうでもいいから、今この瞬間のためだけに生きようよ」
その言葉と、それを発するときのあなたの唇の動きがこれ以上ないくらい美しくて、わたしは「うん!」と大きく頷いた。
少しずつ、わたしたちの影が引き伸ばされていって、街角に落ちた黒々とした影と重なった。わたしたちと街とが混ざり合うみたいだった。空では、少しだけ星がひかっていた。
「時間が止まったらいいのにね」
わたしは言った。あなたは「ね」と一言言った。まほうを使って止めてはくれなかった。
道を曲がったら、たった一つの街灯が、暗い道の真ん中に立っていた。その下でさっきのウサギが車に轢かれて死んでいた。
わたしは、なにも言わなかった。
あなたも、なにも言わなかった。
わたしはひとりだった。
cymvidia の公式から画像が発表されていた。風車とだけ書いてある。
まだ何も言えないわけだけど、かなり力を入れて準備をしたので思い入れが深い。cymvidia での創作の中で、一つの大きなプロジェクトとして公表するのはこれが初めてだから、少しドキドキするね。
— cymvidia (@cymvidia) March 30, 2026
と、思っていたのだけど、つぶやきの個別画面への遷移を制限しきれないのでやめにする。記事の詳細画面から前後ページへのリンクがあるが、そこを「つぶやいた記事を省いた前後ページに絞る」ということができなかったり、検索窓に「x」(xというタグで管理している)と打ち込むと大体見えて遷移できちゃったりするため。
仕方ないので、つぶやきはホーム画面からボタンを一つ押さないと表示できないようにする、くらいの対応でなんとかしようかな。今はホーム画面が少なすぎるので、つぶやきも表示させてたくさんあるように見せかけたいのでやらない。おいおい対応する。
これは以前書いたTRPGシナリオ。
以前、note で漫画原案コンテストがあったときに書いたものを見つけたので載せておきます。
回想。
陸上大会。中学男子走り幅跳び。
レーンに立って手を上げている伊藤ちひろ。
『遠くに行きたい』
走り出す。
『遠く』
走っている。
『なるべく遠く』
踏み込んで、ジャンプする。
『こんな重い体から抜け出して、もっともっと遠くに……』
着地しないまま回想終わり。
部室。痣だらけで倒れているちひろ。
中学校。
クラスメイトの噂話。
「ねえ、退院したんだってー」
「え、誰が?」
「陸上部の、ほら」
「ああ、あの人」
「あ、あのパッとしない人ね」
「そうそう、あの人。でも、一応かなり活躍はしてたみたいよ?」
「だから、いじめられちゃったのかな?」
「そうじゃない?」
「陸部、こわー」
その横を歩いていく伊藤ちひろ。松葉杖をついてる。
回想。病院。
医者がレントゲン写真を見ながら説明している。
「足の骨が折れてますね」
俯いて座っているちひろ。
「骨がずれてしまっているため、手術が必要です」
反応を示さないちひろ。
「負傷前のような状態に戻るまでには……」
フェードアウト。
放課後。
校庭で陸上部が練習している。幅跳びをしている人がいる。
それを眺めているちひろ。
目を離して帰路に着く。
ちひろの部屋。パタンと扉を閉める。
「消えたい」
回想。
小学校。屋上への入り口の手前。
小学生のちひろ。体育座りして泣いている。
「消えたいの?」
ちひろが顔を上げる。
白い肌で、幽霊のような美少年、神田よるがいる。
どう反応したらいいか分からないちひろ。
よるは、ちひろの腕にできている痣に気づく。
「あ、痣」
よるはちひろの腕に触れる。
「大丈夫? 痛くない?」
ちひろは体をどける。
「だ、大丈夫だから」
「そっか。君は強いんだね」
「……」
「でも、ちょっと嬉しい」
「え?」
シャツを持ち上げてお腹を晒すよる。
「僕とお揃いだね」
お腹に痣がある。
ちひろは見惚れる。
『それが、僕と神田よるとの出会いだった』
『それから僕たちは一緒に遊ぶようになった』
『よるは職員室から鍵を盗んできて、』
「ねえ、ねえ」とよるが言う。
手の中には「理科準備室」と書かれた鍵が握られている。
『僕たちは普段立ち入れない部屋に、こっそりと忍び込んだ』
理科準備室、体育館倉庫、図工室など。ダイジェスト的に。
夜。
プールサイド。
脱ぎ捨てられた服(上だけ)と「プール」と書かれた鍵。
水に飛び込む音。
「一緒に入ろ?」とよるが言う。体には痣。
「……」
怖がっている、ちひろ。
「気持ちいいよ?」
ちひろは意を決して、走り込んでプールに飛び込む。
「どう?」
「冷た〜〜」
「あははは」
よるは笑う。
「僕の方が遠くまで飛べたね」とよるが言う。
「え、競ってたの?」
「どうだろ。でも……」
そう言って、指を差す。そこにはプールに反射した満月がある。
「二人とも、あそこまでは飛べなかったね」
「月?」
「うん」
「あそこは遠いな〜。よるは、あそこまで行きたかったの?」
「うん。触ってみたいなって」
ちひろは空の月を見上げる。
「本物は少し遠すぎるもんね」
「じゃあ、次はもう少し高いところに行こっか」
「え?」
「でも、今日は、泳いで、あそこまで行かない?」
と水面の月を指差す。
「僕、泳げないんだよね」
「じゃあ、僕が教えてあげる」
「え」
よるは笑いながら両手を差し出す。
ちひろも両手を差し出す。
ちひろは顔を赤らめている。
二人は泳ぎ、遊ぶ。笑う。
死んだ顔をして、ゴミ袋を見下ろしている中学生のちひろ。
ちひろの部屋。
ゴミ袋には、陸上のスパイクやユニフォームなどが投げ入れてある。
『ねえ、よる?』
『なんで僕が、幅跳びを始めたのか知ってる?』
プールの月がフラッシュバックする。
『あのときの月に触れるようになるためだよ?』
『ねえ、よる?』
『僕はよるさえ居れば、他には何もいらなかったんだよ?』
『ねえ、よる……』
ちひろが窓の外を見ると、満月が浮かんでいる。
「あ、月」
回想。
夜。空には月が浮かんでいる。
小学校。
「うわ、高い」
ちひろは、学校の屋上の淵から身を乗り出しながら、地面を眺めている。
「危ないよ」
よるはちひろの襟を掴んで後ろに引っ張る。
「おっと」
「落ちたら大変」
「うん、ごめん」
ちひろは屋上のフェンスにできた大きな穴を見つめる。
(そこからちひろは下を覗いてた)
「どうしてこんなのがあるんだろう?」とちひろが言う。
「知らないの?」
「え? 知ってるの?」
「有名だよ。学校の怪談。ずっと昔に、ある生徒がここから飛び降りたんだって」
「へえー。なんだか、ぜんぜん怪談っぽくないね」
「そうだね。でも、続きはそうじゃないよ。飛び降りた生徒の死体は出てこなかったんだ」
「え? ここから落ちたのに?」
「そう。夜に、ここから飛び降りるとね。たまに、地面じゃなくて、空に落下することがあるんだって。だから、その飛び降りた生徒は、空に落ちて行った。それで、どこを探しても、誰も見つけることができなかった」
「……」
「怖かった?」
「……なんだか素敵な話だね」
「だよね。空に落ちたら、どこに行くと思う」
「……月、かな?」
「ふふっ。それはいいね」
「よるが考える月ってどんなところ?」
「まっさらで誰も住んでいなくて、暴力も、悪口も、無視もないところ」
「すごくいいね!」
「うん」
「ねえ、よる。何か辛いことがあったら、ここから抜け出そうよ。そして一緒に月に行こう?」
よるは笑ってる。
「そうだね。一緒に行こう」
ちひろは満面の笑みを浮かべる。
「でも、一つだけ思ったことがあるんだけど、空に落ちるのが、『たまに』なんだとしたら確実性が薄くない?」
「だから……これ」
よるは、スーパーボールを取り出す。
「スーパーボール?」
「そう。スーパーボール。これを地面に投げたら、空に飛び上がるでしょ。空に落下できる時はね、永遠に落ちてこないんだって。
これで確認して、その生徒はここから飛び降りたんだ。ここまでが怪談の内容」
よるはスーパーボールを地面に投げる。
大きく空に飛び上がって見えなくなる。
でも、落ちてきて、ちひろがキャッチする。
よるは笑う。
「今日はダメみたいだね」
ちひろは手の中のスーパーボールを見つめる。
中学のちひろ。
手の中にあるスーパーボールを見つめている。
回想で持っていたものと同じもの。
夜。暗い田んぼ道。地面はコンクリート。
ちひろは地面にスーパーボールを叩きつける。
真っ黒な空の中に吸い込まれていく。
近くの田んぼに「ぽちゃん」と落ちる。
松葉杖を使いながら、そのスーパーボールを取りに行く。
畦から手を伸ばして田んぼに浮かんでいるのを掴む。
「何やってんの?」
と声がかかる。
振り向くと、いじめっこの橘が立っている。
部室で殴られている時の記憶がフラッシュバックする。
ちひろの顔に恐怖が浮かび、呼吸が荒くなる。
橘はちひろの胸ぐらを掴む。
「なあ、お前が怪我なんかするせいで休学処分になっちまったじゃねえか」
「……」
「なあ、何してんの? こんなとこで」
「……」
視線を逸らすちひろ。
「そういう態度がムカつくんだよ。わかる?」
「……」
「ああそう」
拳を振りかざす橘。体を硬くなる、ちひろ。
でも、拳は来ない。
「って、これ怪我させたら休学じゃ済まないか」
ちひろの体は少し弛緩する。ゆっくり目を開けていく。
「……なんて、言うと思った?」
拳が腹に飛んでくる。
「おえっ」と吐きそうになるちひろ。
「そんなわけねえだろっ、ばーか!」
橘は手を離して、ちひろは蹴り飛ばされる。
田んぼに向かって落下していく。
回想。
夜。満月。
手を繋ぎ、歩いているちひろとよる。
「これからどうする?」とよる。
「どうしよう」とちひろ。
ちひろは顔を赤くして、よるの横顔を見る。
よるは前を向いている。
ピロン、とちひろのスマホが鳴る。
ちひろは手を離し、スマホを取り出す。
「誰から?」
「母さんからだった」
「……」
「もう遅いって怒られちゃった」
そう言ってちひろは笑う。
悲しそうな表情をするよる。
「じゃあ、早く帰らないとね」
そう言ったとき、よるは道の先にいる人影に気づく。
「隠れて」
とよるは言う。
「え」
「いいから」
ちひろは茂みの中に身を隠す。
人影は、よるの前で立ち止まる。
図体の大きな大人の男(よるの父親)。
「父さん」
「……」
「ごめんなさい」
そんな話は聞かず、よるの父は夜の腹を殴る。
「おえっ」
ちひろは「えっ」と息を呑む。
ドカッ、バコッ、っと音がする。
それを、ちひろは見ている。ちひろの呼吸は荒くなる。
飛び出そうか迷う。
でも、よるがちひろを静止するように、手を向ける。
ちひろは苦い表情を浮かべる。
その後も殴られる音がする。
ちひろは目をつむる。
そして、意を決して目を開き、飛び出す。
「うわああああ!」
よるの父親の足に掴みかかる。
でも、すぐに腹を蹴られる。
「ゴホゴホッ」
と地面に倒れ込む。息苦しい。
薄ぼんやりした視界の中で、よるがちひろを見下ろしてるのがわかる。
同情するような、悲しむような、複雑な表情。
すぐに、よるは視界から消える。
それからよるは父親をかいくぐって、駆け出していく。
「おいっ! 待て!!」と父親は言う。
それを音だけで認識している。
『そのとき、よるはどこ走って行ったのだろう?』
『わからない。でも、それが僕がよるを見た最後だった』
『その日からよるは姿を消した』
中学生のちひろ。
田んぼに座り込んでいる。
泥だらけになっている。顔などは腫れている。
道に戻る。
月を見上げる。
『ねえ、よる』
『よるはなんで、僕をこんな地獄に置き去りにしたの?』
『怖くて、冷たくて、泥の味がして、窮屈で。こんな場所、本当はもう出ていきたいのに』
『よるはなんで、僕を連れて行ってくれなかったの?』
『ねえ、』
「うっ、」
涙が出てくる。
「うっ、うっ、」
ちひろは泣く。
少しすると落ち着いてくる。
手に持ったスーパーボールを見る。
「くそっ」と小さく呟く。歯を食いしばる。
「くそっ! 死ね! くそっ! くそっ! くそっ!」
そして怒りに任せて、手に持ったスーパーボールを地面に投げつける。
「くそっ!!」
「はあ、はあ、はあ、はあ、」
田んぼ道は静かなまま。
『スーパーボールは落ちてこなかった』
暗転。
小学校。
窓ガラスが一箇所割られている。
「はあ、はあ、はあ、はあ、」
階段を登る。
「よるが、」
松葉杖の音が響く。
「呼んでる」
「屋上」と書かれた鍵を取り出して、鍵を開け、扉を開く。
ちひろが屋上に出ると、風が吹く。
髪が風に靡く。
空には満月。
昔のまま、フェンスには穴が空いている。
『ねえ、よる、』
松葉杖から手を離す。松葉杖が倒れる。
『僕も行くね』
ちひろは駆け出す。
全身に付いた泥が風に散っていく。
足のギブスも解けていく。
『きっと今なら、』
フェンスのところで、踏み込む。
『月にも手が届く気がする』
ジャンプする。
月に手を伸ばす。
月に触れる。
月は握れるサイズで、ちひろそれを掴む。 (漫画的な飛躍として)
『これで!』
重力が反転する。
空の中に吸い込まれていく。
ちひろは満面の笑み。
「危ないよ」
ちひろの襟が掴まれて後ろに引っ張られる。
「えっ?」
小学校の屋上に落下していく、ちひろ。
「君はこっちに来ちゃいけない」
屋上に倒れているちひろが目を覚ます。
体は泥に塗れていて、足のギブスも付いている。ボロボロ。
手に何かを握っていることに気づく。
「これ……」
掌をゆっくり開く。
そこにはスーパーボールが握られている。
「うっ、うっ、うっ」
ギュッと全身を丸め胎児のような体勢で泣く。
ちひろ。車窓から外を見ている。
『それから何ヶ月かが経過した』
『僕は引っ越して、この街を後にすることになった』
新しい生活のイメージ。ちょっと都会。
『あの田舎町を出れば、もう少しマシな生活になる気がしていたけれど、そんなことはなかった』
『確かにいじめはなくなったけれど、現実はのっぺりと続いており、どこにいても息苦しい』
『辛さはいじめだけではなく、この身体の中にも存在していたのかも知れない』
『遠くに行きたい』
『たまにそう思うことがある』
『そう思ったとき、あの日握っていたスーパーボールを見る』
『跳ね上がり、この現実から飛躍して、空に向かって落ちていく』
『そういった想像をする』
『そうすると、ちょっとだけ生きていけそうな気がしてくる』
スーパーボールを地面に投げるちひろ。
空に飛んでいく。
ちひろは空を見上げる。
「あ、月」
冬が近づいてきたからか、左腕の前腕部が乾燥して粉吹きができた。触れると鳥肌が立ったときのような細かな凹凸があり、擦ると白い皮膚がポロポロと落ちる。今までも首や肘周りなどによくできていて、治ったり、ひどくなったりを繰り返している。以前、「病院に行った方がいい」と言われたので皮膚科に罹ろうと思ったが、行列ができているのを見て面倒くさくなり散歩するだけで帰った。それ以来、皮膚科に行くのは諦めた。
ふと、以前インターネットで知り合った人で、魚鱗癬という病気を患ってらっしゃる人がいて、その人のことを思い出した。その人と言葉を交わした回数はそう多くはなかったけれど、文章を読みあって、ぼんやりとお互いに親近感を共有していたと思う。何度か「とやま君はいい文章を書く」みたいに言ってくれた。僕もその人の書く文章が好きだった。
その人は、おそらく文章を書き始めると熱に浮かされたように一気に仕上げるタイプだったから筆が早く、文体を見ても、頭に渦巻いているものをスプーンでそのまま取り出してぶつけているみたいだった。僕が何を書いたらいいのか分からなくてぐるぐる悩んでいる間に、その人は数千から、一万字弱の文章を毎日投稿した。その中には、自身の魚鱗癬について書いた文章もあって、僕はそれをよく読んだ。
魚鱗癬とは、wikipediaによると「魚の鱗のように皮膚の表面が硬くなり、剥がれ落ちる病気」らしい。その人の文章で知って、YouTube で検索してみたりした。当事者でもない僕が言及するのもおこがましいので、直接触れることはしないけれど、それを見ていると僕の左腕にできている粉吹きなんか生ぬるいものだ。
その人が書いている魚鱗癬についての文章を読んでも、長い時間風呂で角化した皮膚を落とさなくちゃいけないのに、次の日にはまた角化した皮膚があって、みたいに書いてあった。また、動かす度に痛みがあるみたいなことも書いてあった。記憶しているだけの内容だから間違っているかもしれないが、大まかには合っていると思う。
スマホで文章を読みながら、僕はそれをどんなものか想像してみた。でも、上手く想像することができなかった。
例えば、僕の現在の左腕の状況が、蛇が体を這い回るみたいにして全身に広がっていく様子を想像してみる。首から這い上がって、頬や、唇や、鼻先が、ひび割れていく。同様にして尻や、太ももや、つま先がひび割れていく。身体中がひびだらけになって、痛い痛い、と思う。頭の中はそれだけになる。僕はとても怖いことだと感じる。こういう想像をすることで、その人の感じていたものに近づけると一瞬思ったけれど、本質的にこの怖さは、その人が感じていた怖さとは違うはずだということ。
極論、どんな状況でも僕は誰かではないし、誰かは僕ではない。その距離の遠さをいつも思う。僕たちは閉鎖系であるから、他人のことをいくら想像しても想像しきることなんてできず、仮に想像できてもそれはカリカチュアされたものであって、その人の状況そのものではない。他人の痛みを想像するとはいったいどういうことなのか、考えれば考えるほどわからなくなる。
ここまで書いて、僕の左腕の乾燥から、魚鱗癬の知人を連想したことは、暴力的なことだと思った。それらは症状のレベルとして明らかに違うものだから。比較すること自体がおこがましいことだ。でも、そうならば、どうやって他人のことを想像することができるのだろう。適切な想像ってなんだろう。
その人とは、ここ数年は連絡を取ってないし、今は何をしてるかわからない。元気かな。