あまり

「末余り」の歌詞を書いていた時に、わけもわからないまま曲のイメージを膨らませるために書いた小説みたいなもの。結局、歌詞にはなにも関係しなかったので載せておきます。


 子どものころ、わたしとあなたは並んで通学路を歩いていた。クレヨンみたいな赤色の太陽が山並みに触れて、わたしたちの足から二つの黒い影が伸び、ブロック塀で「く」の字に折れ曲がった。
 あなたはランドセルからおもむろに「なつのともだち」という冊子を取り出す。その日は、ちょうど一学期の終業式で、夏休みの宿題として渡されたものだった。
「ねー」
 と、あなたはわたしに呼びかける。
「せんせいは、事故にきをつけましょうって、ちゃんと勉強するようにって言うけど、そんなのいみわかんないよね」
「どうして?」
「だって、わたしたち、将来のために生きてるわけじゃないでしょ? 将来、将来って、せんせいはそればっかり言う。でも、将来っていつなんだろう。将来のために、今をがまんしましょう、でも、いつからが将来なんだろうね?」
 わたしはそうだね、と首を縦に振った。なにを言っているのか、子どものわたしには難しかった。「将来」という言葉の意味をわたしはまったくわかってなかった。でも、あなたが綺麗で、あなたのことが好きだったから、わたしは頷いた。
 あなたは「なつのともだち」を小さくちぎって道路に捨てていった。ちぎられた紙きれは、白いウサギになって路地の裏に跳ねていった。
「まほうだ!」
「そう、わたしはまほうを使えるの。天使だから」
 あなたは昔、天使だった。確かに、あなたは天使だった。
 あなたはふわふわと歩きながら、続ける。
「ねえ、わたしたちは今のために生きようよ。将来なんてどうでもいいから、今この瞬間のためだけに生きようよ」
 その言葉と、それを発するときのあなたの唇の動きがこれ以上ないくらい美しくて、わたしは「うん!」と大きく頷いた。
 少しずつ、わたしたちの影が引き伸ばされていって、街角に落ちた黒々とした影と重なった。わたしたちと街とが混ざり合うみたいだった。空では、少しだけ星がひかっていた。
「時間が止まったらいいのにね」
 わたしは言った。あなたは「ね」と一言言った。まほうを使って止めてはくれなかった。
 道を曲がったら、たった一つの街灯が、暗い道の真ん中に立っていた。その下でさっきのウサギが車に轢かれて死んでいた。
 わたしは、なにも言わなかった。
 あなたも、なにも言わなかった。
 わたしはひとりだった。