スケールの問題
種を存続させるために人は性愛をするとか、あなたが生まれてきたのは確率的に稀なことだからあなたの生は素晴らしい、というような言説を聞くたびに、そのあまりにも簡潔に全てを包摂できる気持ちよさを感じるのと同時に、語られていることのスケールの違いにびっくりする。人が性愛をするのは種のためではないし、生まれてきたことが素晴らしいのは確率が低いからでもない。人間という枠組みそのものまで敷衍して語られる動機は、いつもどこか空疎な感じがしてやるせない。
例えば、蝉が鳴くのは求愛のためだ、というのも僕にとってはよくわからず、人間が勝手にそう解釈しているだけだと思う。人間は蝉のことをほとんど理解できない。もしかしたら蝉の環世界からするとある美学とか、死への恐怖とか、そういうものに駆動されて、鳴いているのかもしれない。蝉が鳴くのが求愛なのだとしたら、人間がインターネットでつぶやくのも、宇宙人からしてみれば求愛みたいなものだと思う。
もちろん、あなたがインターネットでつぶやくのは求愛行為なんかではなく、あなたなりの表現であると僕は言いたいのだけど、そういった微細な事柄を一気に捨象して、人間一般に敷衍して語ることの気持ちよさと暴力性についてなんとなくぐるぐるしていた。